ウエスタンレッドシダーの高耐久ウッドデッキ・パーゴラ・ウッドバルコニー・木製サンルームの設計施工 神奈川・東京・埼玉・千葉 株式会社エムズ
世間では子供の出産を喜ばない親は居ないでしょう。しかし私の親がそうであった様に、その親が詩人か
小説家で無い限り、子供が物心ついてから、『あの時はああだった、こうだった云々』としか
子供に伝えていないものでしょう。今回,ある人から執筆を頼まれ、良い機会だと思い当日を振り返ってみました。
少し長いのですがお付き合いください。
出産には妻と私の双方の意志で立会いは行わず、義母からは沈黙の中、『あなたが行くのが当然でしょ』的な
圧力を感じていたので、病院への付き添いを行いました。産婦人科によってそれぞれ規則があるようで、
当産院は一人しか立ち会えないようでした。
今年に入り休みも無く仕事の疲労が溜っているのでしたが、前夜の仕事中(21:30頃)に妻から電話が入りました。
これも父親の初仕事と思い、直ぐにそのお客様から暇して帰宅。呼吸が苦しくなる位の空腹感は、
『キット妻の実家には白米が有る』と自分を勝手に思い込ませ、先日購入してあったレトルトカレー辛口を持参して
車を走らせました。妻の実家に到着したのは、23:30でした。
白米はやはり期待に応えてくれて、不謹慎かと思いましたが、挨拶や妻への労りも程ほどに早速に空腹感を満たし、
それが満たされると、たいていの人は睡魔に襲われるのが常ですが、私も例外ではありませんでした。
妻の実家とはいえ、勝手に他人の家のリビングの照明を消してソファでうとうとと眠りこけてしまいました。
今思えば、まったく緊張感の無い自分を情けないと思うのですが・・・。日付が変わり1:40を廻ったころでしょうか?
義母に起こされ、状況は把握しているつもりでしたが、睡魔と疲れが混在する中、本能的に妻の荷物を持ち
車の運転席に乗り込んだのを覚えております。平日の夜中なので道は空いており、2:07に病院に到着。
夜間専用口にインターフォンは有ったのですが、それに気付かずに病院の扉を片端からガタガタしたのです。
(未だ寝ぼけて居たのでしょう)
『ここにインターフォンが有るよ・・・・』と妻が陣痛と戦い顔を歪めてながらも冷静に教えてもらいました。
気恥ずかしくなりましたが、『寝ぼけている場合ではないじゃないか?』と再度気持ちの仕切り直して、早速分娩室へ・・・
看護婦さん達には『立会いは行わない旨』を伝え、自動販売機で大好きなイチゴ・オレ(紙パックのやつ)を飲みました。
これで一気に眠気も飛び、いよいよと準備が完了したと意気込んでみたのですがこの時になって初めて、
何もする事が無いことに気が付きました。
仕方が無いので思い切って看護婦さんに『もう帰っていいんですか?』と聞きましたが、冗談は辞めてヨ!
何しに来たの?的な感じで軽く、『産声を聞きたいでしょ?』と笑顔で聞かれてしまうと、
『そうですね!勿論です!』と元気な笑顔で答えるしか選択肢も見つかりませんでした。
『こりゃ想像していたよりかなり窮屈な感じだな』と思いながらも、夜中の静まり返った住宅地に建つ、病院内では
忙しいふりも出来ません。かえって怪しまれてしまいそうです。予定が4:00とも聞かされていたので, 夜勤の為
に昼間はしっかり睡眠をとったと想像できる程にテンションの高い看護婦さんたちが右往左往する中、通された部屋で再び
寝るわけにもいかず、意味も無く院内を徘徊しておりました。
3:00を過ぎた頃もう『生まれるわよ〜』と看護婦さん!そして産声が聞こえました。この瞬間に耳から入った音(声)が
瞬時に本能的に伸びきってしまった脳へ伝達され『元気な子供だ〜!』と一人薄笑いを浮かべてしまったのは、
不覚でした・・・。『3:10に出産・母子共に健康だよ』と看護婦さんが我が子を連れてきて抱かせてもらいました。
軽くて、小さい蓑虫スタイルの人間です。顔は思ったより赤くなく・皺もないのですが、直感的に不安を覚えたのは、
私にそっくりの猿顔なのです・・・・。どんどんその不安は大きくなり、私に『女の子ですよね?』と再び質問させていました。
3:20頃妻が病室から戻り話を聞くと『出産中に看護婦さんが、顔が出た瞬間に、お父さんそっくりですね・・・おめでとうと言われたのは、覚えているよ』との事でした。
夜が白みかけてきた頃、周囲の人々に納得してもらえるだけの時間を妻と病室で過ごし、まだ若干の振えの
止まらない妻を病院に残し、帰宅しました。
いつもは、渋滞の激しい道も、まだすいすいです。一人でカーステレオの音量を若い頃にした様に音が割れる程に
上げて窓を開けて、Jazzを聞きました。曲はGlobal Village/Special EFXだったと記憶しております・・・・・
この曲のCDを購入することを決めたのもその車の中でした。
出産では何もできない男の歯がゆさと、何もしていないのに怒涛の様な疲労感、そして何よりも自分にそっくりな
小さな人間を抱いたときの喜びは忘れられません。
未だ同居していないので実感は涌きませんが、未だ暗い自宅に寂しく帰宅して、一人で寒い薄暗い部屋で、
『何を食べようかな?』『そろそろ風呂も洗わなきゃな!』とか考えるのですが、ベットに入り眠り就く僅かな時間に
勝手にわくわくして『早く帰って来いよ』と、無力な男は願うのでした。
平成十八年如月晦日